気まぐれ日記 2025年8月

2025年7月はここ

8月1日(金)「擬古文書に翻弄される・・・の風さん」
 唯一残っていた月初ルーチン、サンセベリアへの肥料やりをした。
 今日も酷暑予報だし、遅れている仕事(講演準備)を挽回しようと気合を入れたところへハプニング。自然災害ではない。仕事だ。現役時代は毎日がこういった状態だった。突発対応、トラブル対応、予定外の飛び込み仕事対応が、私の仕事の中心だった気がする。だから、久しぶりに想定外の仕事が舞い込んでも、慌てることはない。しかし今日は、それがアダとなった。
 知人から、文書の解読を依頼された。古文書ではない。つまり江戸時代の資料ではない。大正時代か昭和初期に書かれた文書だ。しかし、一見したところ、まるで江戸時代の文書のように見える。いわゆる草書体で書かれているからだ。
 ざっと読み流してみると、半分以上は読める。江戸時代の文書なら、専門書やITツールも駆使してほぼ読めるレベルだ。
 面白くなって、真剣に始めてから、だんだんやばい状況になっていった。専門書にない書体が多く、したがってITツールでも判読できない。AIに聞いたって駄目だろう。
 それでも、依頼者にはお世話になっているので、何とかご恩返ししたいと頑張った。
 午前2時で中断した。これでは徹夜してもできそうもない。仕事の遅れを挽回するどころか、さらに遅れた(笑)。

8月2日(土)「団地の夏祭り・・・の風さん」
 ワイフは朝から団地の夏祭りの準備で出かけている。
 ゆっくり起きた私は、擬古文書を何とか完成させたいと、不思議と気合が入っている。
 しかし、今日も猛暑いや酷暑予報だ。日中に最高気温は名古屋より3℃低くても35℃を超えそうだった。
 寝不足で頭痛もあり、サラちゃんと昼寝後、夕方から擬古文書の解読に取り掛かった。
 ワイフは団地の役員なので、盆踊りもあり、浴衣で頑張っているはず。
 夏祭りの最後のプログラムは抽選会である。そのタイミングを狙って(笑)行ってみた。ハンディファンを首からぶらさげていたが、暑い暑い。
 なんと子どもたちや若者がたくさん来ていた。キッチンカーも3台並んでいて、集客の工夫がすばらしい。子どもたちが光る団扇を持って走り回っていたので、欲しいと思った私だが、射的の景品で、客は子どもを想定しているという。半棺桶人は遠慮しなければならなかった。

 残念ながら抽選は当たらなかった。
 擬古文書の解読を午前2時半まで頑張ったが、難読文字があり、完了させられなかった。

8月3日(日)「擬古文書の解読が完了・・・の風さん」
 私はいつもの寝坊。ワイフは夏祭りの後片付けに出動していた。
 やっと起きた私を尻目に、ワイフは帰宅すると、友人と映画鑑賞に出かけた。エンタメ映画ではなく、アフガニスタンで用水路建設を推進していて銃撃されて亡くなった中村哲医師の記録映画だ。医師の活動をずいぶん昔から知っていた私は、死亡後も現地で用水路建設が進んでいることや、ペシャワール会が遺志を継いでいることに感銘を受けていた。
 今日こそ擬古文書の残りを解読しようと執筆マシンに向かった。さすがに3日目となると、難読文字しか残っていないが、一方で、自分の解析力が向上していることも実感できて楽しかった。
 何とか夕方までに完成させることができた。大きな達成感があった。たまたまキャメロンのエアコン不調の再発で埼玉県へ行けなくなった3日間だったが、貴重な経験ができたと言える。

8月4日(月)「まさか廃業?・・・の風さん」
 昨日までの3日間は、当初の遠征予定が中止になり、擬古文書の解読に振り替わった貴重な時間だった。
 予定変更の原因は、キャメロンのエアコン・トラブルの再発だった。カリチューから途中状況の電話報告があった。ガスが漏れたのは間違いないようだが(修理してまだ1か月ちょっとだったから)、どこから漏れたのか、特定するのに苦労しているとのことだった。
 単純構造の部品なら、石鹸水を塗ったり、水中に入れて、泡が出るところを探すとか方法がありそうだ。しかし、コンプレッサー、コンデンサー、エバポレーター等とガスが循環する部品は多い。リビルト品と交換したコンプレッサー前後であれば、保証の範囲だろうが、それ以外となると、また修理代が発生するだろう。やれやれ。初年度登録から30年になるキャメロンは、オーナー(私のこと)と同様に相当にガタがきているのかもしれない。
 年内はキャメロンで遠征する計画がまだ数件ある。すべてがビジネス(お金儲け)というわけではない。たとえビジネスでも、納得できるまで準備する私は、著しく経費をつぎ込む。それが明らかなだけに、とても憂鬱になってきた。2年くらい前に家計から借金したが、返せるメドが立たないばかりか、廃業の恐れさえある。

8月5日(火)「もしかすると廃業・・・の風さん」
 メルカリ出品が売れた。最近になって3つ続けて売れたのだが、すべて古い出品である。ていねいに梱包するつもりだったのに、外側をガムテープで固定したら、クッション材がそばに残っていた。入れるのを忘れた。フレイル老人は、こんなことでも少し落ち込む。
 今日も暑くなるので、外回りは午前中に終えなければならない。
 コンビニからメルカリ品を発送し、ATMをハシゴし、ドラッグストアで補充購入をして帰宅した。工事で渋滞している道路は、帰りに迂回した。酷暑の中、工事をしている人は空調服を着ているが大変だ。
 冷房の効いたダイニングで鍋焼きうどんのランチ後、書斎へ。
 スマホのアプリを使って、お金の振り込みを3件おこなった。作家活動資金の残高が減り、底が見えている。一昨年末、昨年末と続けて廃業の危機を感じたが、今年もそうなる可能性が高まった。一昨年末は家計から借金し(まだ返済できていない)、昨年末は幸運にも仕事が続けて発生して乗り切れた。実際、もし破綻しそうになったら、あらゆる出費をおさえて、引きこもることになる。それでもメドが立たない場合は、アルバイト先を探す。

8月6日(水)「ポモドーロテクニックまで動員・・・の風さん」
 再びポモドーロテクニックを使うことにした。仕事が遅れている。

 昨夜は午前2時半まで頑張ったが、できなかったことがある。それをスピードアップすることと、今月の講演の準備だ。
 講演の準備とは言っても、実はまだ全体構想ができていない。資料を丹念に読みながら、ひらめきを待っている状態だ。メッセージにしたいことはたくさんある。しかし、総花的ではインパクトがない。全体を通した主張点をしぼりこむ。そして、それを私らしい演出で講演スライドにしていく。
 お盆休み明けの講演になるので、まだ時間はある。でも、よく考えてみると、事務局はたいへんだ。レジュメを用意してもらいたいが、直前の作業になる。打診しておかなければ。
 お盆明けといえば、毎年恒例の知人の農園で作られた巨峰を送りたい。電話して確認したら、酷暑と雨不足で今年も不作だという。注文だけは早めにしておかなければ。
 終日、ポモドーロテクニックを駆使して頑張ったが、あいかわらず仕事がのろい。また、今夜も閉店が午前2時半だぜ。

8月7日(木)「仕事のペースは上がったが・・・の風さん」
 今日はカリチューは定休日なので仕方ないが、昨日までにキャメロンの修理完了の連絡はなかった。相当手こずっているのかもしれない。私はただただ修理代が発生しないようにと祈っているだけ(笑)。
 昨日に続いてポモドーロテクニックで仕事を進めて行った。ペースが上がったか確認もできた。確かにスピードは増した。しかし、ゴールまでが遠い。これではいけない。こまごました雑務もやめて集中しているが、やばい状況になってきた。
 こういう状態は学生時代の日常だった。自分の持ち時間はほとんど勉強につぎ込んでいるにもかかわらず、遅れていくばかりだった。1年過ぎて教科書が新しくなると、今度こそと思うが、同じことを繰り返した。
 結局、死ぬまで同じ状態が続くということか(笑)。昔からITも駆使しているんだがなあ。
 シャバは来週がお盆休みになるだろう。私はたぶん1日も休みはない。キャメロンの修理が完了したと連絡が来たとき、その流れに変化が起きる可能性はある。やれやれ。

8月8日(金)「仕事での引きこもりが続く・・・の風さん」
 カリチューから電話があった。交換したコンプレッサーは問題なく、配管でのガス漏れだったとのこと。高圧系をすべて交換したため、費用が発生した。痛い(笑)。私は超多忙だし、カリチューもお盆休みになるそうで、いつ引き取りに行けるかわからない。
 短期間だが、明日から次女が帰省するので、先日の防カビ燻蒸に続いて、風呂釜洗浄と風呂掃除をしておいた。
 講演準備にかけるパワーを増やした。資料の再チェックである。この分野は得意だと自負していたが、未読の資料を読んでいると、知らなかったことが多い。恥ずかしいことだ。
 もう一つ手こずっている仕事は、自主的なテーマで、擬古文書の解読である。依頼されたことはほぼ終わっていたが、実は、擬古文書にはまだ続きがあって、それらを解読する必要性を感じたのでやっている。お寺への奉仕作業みたいなものだ。
 今日は比較的普通の暑さだったが、日本列島全体で見ると、局地的に豪雨になっている。極端すぎる。政局は与党内のゴタゴタに関心が寄せられているが、国として注力すべきは異常気象対策ではないか。ある意味、新型コロナと似たところがある。

8月9日(土)「施餓鬼・・・の風さん」
 異常気象対策より日本という国にとって大切なことがあった。核兵器禁止条約に参加批准することだ。米国の核の傘に守られているということはあったとしても、批准すればいいではないか。政治の世界には「それはそれ。これはこれ」がいくらでもある。
 今日は心月斎で施餓鬼だ。毎年参加している。今年は、ワイフの教室があって、私が一人で参加した。クルマの出入りがひんぱんで、駐車場にもクルマが多かったが、本堂内は人が少なかった。遠くから来た檀家の人たちは、裏山の墓参をしているのだろう。本堂といえば、昨年から冷房が入った。以前は、完全に解放状態にして、扇風機だけだった。それが通用しない状況になってしまったのだ。ついでに、コロナ以降、精進料理の供応も中断している。これも寂しいことだ。棚経の日取りも決めて帰宅した。
(閑散とした境内。本堂の扉はすべて閉まっている)
 そうそう。小学校時代の同級生からスマホにメッセージがあった。お母さんが103歳になったという。すばらしい! 自分の母も、もし生きていれば105歳だ(父は110歳)。100歳が珍しくない時代に入ってきた。
 午後、次女を迎えに駅まで行った。ワイフは午後も教室だった。短期間の帰省だが、これからも帰れる実家を維持していこうと思う。できれば、ワイフが100歳になっていても。
 今日は、コルセットを装着して、仕事をがんばった。運動をしていないので、筋力が衰えているが、余裕がない。こうやってフレイル老人になってしまうのか。やばい。抵抗しよう(笑)。

8月10日(日)「残念なこと?・・・の風さん」
 アレクサによると、地元の予想最高気温は29℃だという。やっとひと息つける。しかし、それは当地だけのことで、西日本は豪雨である。極端すぎる。これが異常気象の実態で、地球温暖化が下地にある。
 2005年は愛知県で「愛・地球博」があったが、開催の10年前に地元の文化人2005人に対し、万博のコンセプトを検討するためのアンケートがあった。幸運にも私も選ばれた。私は地球規模の課題(もちろん地球温暖化が含まれる)の解決へ向けたテーマを提案した。すると、どうだろう。アンケート結果が送られてきたら、過半数がそういった提案をしていた。そして、「愛・地球博」となった。ところが、その警鐘は、今日の世の中へ十分に生かされているとは思えない。残念なことだ。

 新聞に注目論文数の国際比較が出ていた。今でも新興国だと主張する中国がダントツの首位で、平和ボケの日本は13位と見るかげもない。やはり科学技術分野では、今世紀中にもう日本のノーベル賞は出ないだろう。残念なことだ。
 仕事はのろいが根気だけはある。ルーチンのように課題をこなした。残念とは言っていられない。

8月11日(月)「生きる目的とは・・・の風さん」
 いつもより早い電車に間に合うようにワイフを駅まで送った。名古屋で長女と合流して大阪・京都へ行く。次女とサラちゃんと私は留守番(笑)。
 来週の講演スライドの準備を開始した。もう勉強ばかりしてはいられない。
 過去の講演スライドはたくさんある。それらを生かしつつ、今回のオリジナルのメッセージ用スライドを作成する。いつもそうだが、スライドを作成しながら、どんどんモチベーションが高まる。約200回の講演を続けてきて、すっかり講演好きになってしまった。
 元々、自著の普及の限界を意識して、講演で少しでも多くの人に自分のメッセージを伝えたかった。それが、自著のメッセージだけでなく、現代に通じるメッセージも伝えるようになってきた。自己表現は生きている証(あかし)みたいなものだ。そして、世の中に役に立つような内容に構成できれば、自分自身の存在価値を確認できる。そして、めぐりめぐって、自己表現に戻って来る。
 人生の目的は出世や蓄財ではない。それは子どものころから言われてきたことだ。それなら、人生の目的とは何か。なぜ自分は生まれてきたのか。なぜ今ここで生きているのか。その問いに答えようとしていることが目的なのかもしれない。結果ではなく、プロセス、生きている間、今こそ大切なのだ。

8月12日(火)「今年もブドウを発注・・・の風さん」
 借りている代車は、緊急だったこともあり、低性能だ。ワイフが出かけていて空いているアクアで、午前中、ATM廻りとドラッグストアでの買い物をし、昼までに帰宅した。
 昨夜自分で炊いたご飯にふりかけだけで昼食を終え、再びアクアで外出。会社の元同僚(先輩にあたる)が経営しているブドウ園に、今年も知人への発送依頼に行った。
 途中でおみやげを買い、田舎道をすいすい走った。田舎道だが、死ぬほど走った道で、人生の長さを実感する。そう。自動車部品メーカーに勤務したこと、クルマでの移動が主流の愛知県に住んだこと、そして運転が三度の飯より好きな私だったこと、そういったことがあいまって、クルマで走りまくる人生だった。
 先輩の販売店舗は、年初に、アルツハイマー型認知症の超早期発見のための検査(治験)に行った研究所のすぐ近くだ。
 酷暑と雨不足で、今年の巨峰の収穫は例年の半分だったという。昨年好評だった他の種類とのブレンドを発注した。1年ぶりなので、私は自身の近況を語ったが、いつも帰省して手伝っている先輩の家族が今回は、いなかった。一人は台湾、一人はメキシコにいるという。こういう時代になっているのだ。
 晩ご飯は次女と近所の中華料理屋で食べ、私は亡父の思い出を語った。
 ワイフは深夜無事に帰宅した。京都では長男とも合流し、マンチカンが百匹もいる猫カフェに行ったという。

8月13日(水)「お迎えの時期・・・の風さん」
 今日も自分の仕事に専念するしかない。気持ちに焦りがあるせいか、AppleWatchが「リラックスしませんか」とメッセージを送って来た。初めてだ。2ステップあり、「深呼吸して、お腹に手を当てて、呼吸していることを確認しましょう」みたいなことを言ってくる。やばい。AIから見れば、私は精神の病気なのだろう(笑)。
 今夏、沖縄の最高気温はまだ34℃を超えていないらしい。昔は、テレビで天気予報を見ると、沖縄は特別で、日本で最高気温、もちろん30℃を超えていた。それが今は、本土の方が最高気温を連日記録している。
 本土という言葉を使ったが、沖縄から見れば本土。一方、北海道から見れば内地と呼ぶ。子どものころに教えられた。
 夕方お迎えの墓参に行こうとしていたら、にわか雨が降ってきた。一時は強く降った。とにかくワイフと強行した。幸い墓参中はほとんど降られなかった。墓前で読経してもらう人のために、系列のお寺からお坊さんが来ていた。托鉢僧のようないでたちだった。
 粘り強く仕事をしながら深夜になり、 hairdye も強行した。ご先祖さまに守られていて、私のお迎えはまだ来ない。

8月14日(木)「昼夜逆転になりかかる・・・の風さん」
 結局、就寝は午前4時過ぎだった。目が覚めたら起きることにしていたから、昼前には階下へ降りて行った。
 ワイフとランチ後、満腹で眠くなり、またベッドに逆戻りした。
 お日さまが傾いてきたころ、やっと活動を再開した。もう講演の準備に集中するしかないと覚悟を決めた。
 今日は江戸の切絵図を使って、説明資料を作るところから始めた。こういった資料はたくさんあるので、ネットから探す必要はない。しかし、資料が複数あるということは、それらの中から最適なものを選ぶ作業が加わることになり、いつもの凝り性で、時間がかかった。それでも、自分としては納得できるものができた。文字を並べて説明するよりも、こういったデータを使うことは、臨場感が出るはずだ。歴史作家であり技術者でもある私の存在価値だと思う。
 晩ご飯のあと、東京へ戻る次女をワイフが駅まで送って行った。
 入れ違いのように、長女夫婦がやって来た。ダンナのために、いつものように、豆を挽くところからコーヒーを淹れた。お盆休みのないダンナは名古屋へ帰り、長女が残った。これからサラちゃんとの交流の時間が始まる。
 私はまた休憩後、スライド作成の続きをやった。どんどん夜は更けていった。

8月15日(金)「盆供養・・・の風さん」
 終戦の日。敗戦の日となぜ言わないのか。不戦の誓いをする日。反省の日だと思う。
 戦後80年だという。その前に・・・、歴史作家の私流に言わせてもらえば、83年がある。薩長が外国と戦った馬関戦争や薩英戦争があったのが、1863年だ。その年から、途中で戦っていなかった年はあったにせよ、いつでも戦う準備はしていたから、ロシア、中国、アメリカなどと戦争を続け、1945年8月15日まで、82年間があった。
 江戸時代は、薩長が外国と戦うまで、外国と戦争はしなかった。260年間である。
 数字を並べてみるだけで、この戦後の80年がいかに尊い期間であり、外国との不戦を誓う中で、けっして長い期間ではない(江戸時代に比較すれば)まだまだ自慢できるどころか、あやうい期間だとも言えよう。
 日本の人口で、戦後生まれが過半数に達したという。これも重要な事実だ。この過半数は、一人ひとりが、もし戦前に両親が死んでいたら、自分はこの世にいなかったということを自覚しなければならない。これから、そういった人数が増えれば増えるほど、自覚するのがむずかしくなる。あっけなく戦争突入となるリスクが増すのだ。
 正午のサイレンに続いて黙とうしたが、そんなことを思うきっかけになった。
 心月斎の住職さんが来宅し、棚経をあげてくれた。夕方には、ワイフと墓参へ行った。お盆の行事は終わっても、先祖を思う機会は増えるばかりだ。

8月16日(土)「まるで受験生のころ・・・の風さん」
 やってもやっても講演スライドが完成しない。自分としては極めてよく知っている分野だと自負してきた。ところが、このていたらくはどういうことだろう? 結局、無知だったとしか言いようがない。もはやボケだとか言い訳もできない。
 今日からカリチューも営業を再開しているので、修理の終わったキャメロンを引き取りに行くことは可能だ。しかし、そんな余裕はない。そう言えば、かつてFBにアップしたキャメロンの写真は注目を集めるらしく、それを引き合いに出したお友達申請がよくくる。そういうオファーに対しては、相手のプロフィールをまず確認する。私のたくさんいるお友達と似たFBの使い方をしているのなら、オファーは受ける。ところが、たいてい友達申請してくる相手のプロフィールは「怪しい」のひと言で、そのままにしておく。
 それにしても講演スライドができない。ああ。まるで受験生だったころと同じだ。やってもやっても終わらない世界。それでも、根気の塊のようなキャラなので、続けられる。今夜も行けるところまで行くしかない。

8月17日(日)「半徹夜は続く・・・の風さん」
 結局、半徹夜で、就寝は今朝の6時過ぎだった。残念ながらゴールは遠い。
 それでも昼前に起きて、軽くランチ後、仕事を再開した。明朝、事務局へレジュメ用のデータを送らねばならないので、講演スライドができていなくても、レジュメを先に作る。
 講演にはレジュメが必要と教えてくれたのは、秋高の先輩で、今は亡き佐々木常夫さんだ。印象的な講演でも、聴講者はメモを残したがる。その手間を省いて、しっかり聴いていただくために、レジュメは役に立つ。アドバイスをいただいてから、レジュメの用意を励行している。
 印刷用の紙の節約は当たり前なので、両面印刷や2in1を想定して、レジュメは複数ページにする。今回は内容から考えて、4ページに決めた。3ページは資料である。私のオリジナル。こだわりが過負荷の悲劇を生むが、仕方がない。私のアイデンティティでありレゾンデートルだ。
 長女は今夜名古屋へ帰宅する。いつもはアクアで送るのだが、私の鬼気迫る仕事ぶりを見て、電車で帰るという。申し訳ない。ワイフも今夜の外食を中止した。申し訳ない。
 レジュメがほぼ完成したのは、午前1時近かった。やっぱり(^_^;)。 

8月18日(月)「講演スライドがやっと完成・・・の風さん」
 昨日とよく似た状況だ。就寝は昨日より早かったが、起床が早かったので、睡眠不足は解消されていない。
 ワイフを駅まで送り、すぐにレジュメデータの送付に取り掛かった。昨日というか、今朝の3時より前にやっとできたものだ。最終の手直しを入れて、9じ前に送付できたから、ぎりぎり目標達成。
 明朝、出発前に準備する余裕はないので、午前中に、先にやっておいた。我ながら呆れたのは、講演会場は名駅近くだと思っていて、再チェックしたら、地下鉄でさらにいくつか先の駅近くだったことだ。タイムスケジュールを必然的に30分早めることになった。
 午後から、講演スライドの作成を再開した。あと少しのような気もするが、まだかなり残っている不安もあった。
 結局、昼寝している余裕もなく、午前零時過ぎに完成させ、執筆マシンで1回、MacBookAirで1回、最終手直しをして、就寝は午前3時だった。講演スライドの内容は完璧に近いものができた。しかし、与えられた時間内に話し終えるのはかなり無理がある分量になってしまった。まあ、その対策は明日現地へ行くまで、電車の中で考えよう。

8月19日(火)「講演後は猛省・・・の風さん」
 ワイフに駅まで送ってもらった。Manacaの残額が238円だったので驚いた。貧乏のどん底だ(笑)。
 車中では時間内に講演するための作戦を考えたが、秘策は浮かばなかった。
 現地には予定よりも少し早く着いた。これで準備で慌てることはないと思った・・・が、それは甘かった。
 MacBookAirと現地の機器との接続でトラぶることはよくある。それはさまざまな形で現れる。今回は、かつて経験したトラブルの中でも最悪のものの再現となった。プロジェクターとの接続トラブルで、そのときは、会場だった高校の先生が助けてくれた。今回は私と2人がかりで担当者が頑張ってくれ、何とか開始直前にスクリーンに映すことができた。
 講演時間はやはり失敗だった。一番伝えたいスライドはしっかり説明できたが、後半は駆け足で、それでも時間をかなりオーバーした。会場は予約されていて、タイムリミットがあることを私は想像すらできなかった。長い人生経験を過信していた。
 主催者のご好意で、時間に余裕のある方だけ、喫茶室へ移動して、情報交換の場を設けてもらえた。聴講者の中に、私よりも小栗上野介に詳しい方がいて、多くのことを教えていただいた。私ばかりが得した講演会みたいだった。
 帰りもワイフに駅まで迎えに来てもらい、反省しきりの中で1日が終わった。結論は、当然のことながら、スライド枚数を適切にしておくこと(通常はちゃんとやっているが、今回は事前準備で得られたデータが多かったことと、最後は時間切れになったことも大きな原因だった)。

8月20日(水)「暑さよりも疲れだな・・・の風さん」
 疲労はとれていないがやらねければならないことは山積している。
 ランチ前に歩いて投函に行ってきた。暑いの厚くなのって、もう本当にすごい暑さ。温暖な当地でも35℃は超えている。
 ワイフのアクアを借りてATM廻りに向かった。月のルーチンでもある。最初の場所で大失敗。メインバンクのATMで現金を引き出そうとしたのだが、間違えて92万円と入力してしまった・・・だけでなく、流れで確認ボタンを押したため、92万円が出てきた(笑)。貧乏人はパニックになり、すぐにその現金で入金操作をした。必要額だけ抜き取らなかったのは、通帳が家計簿になっているので、目的別の金額を印字させているからだ。
 現金が戻ったところで、正しい必要金額を入力して、確認ボタンを押したら・・・「限度額を超えています」というメッセージ。そう、1日の出金限度額は百万円なのだ。スタートで失敗したため、その後のATM廻りも断念した。疲れているとヘマをする。
 意気消沈して帰宅した。
 今日はあと重要なメールを出すくらいしかできなかった。やれやれ。明日はATM廻りからやり直しだな。

8月21日(木)「やはり猛暑だから・・・の風さん」
 またアクアを借りて外出。ATM廻りのやり直し。
 車内はエアコンが効いているが、短時間、外を歩くだけで猛暑になっているのがわかる。
 帰宅して、書斎の窓から裏の土地を見ると、ギョギョッ! 雑草が伸びていないどころか、枯れかけているではないか。これは水不足だ。異常だ。強い雑草までがダメージを受けている。すぐ草刈りをやらなくてすむのは助かるが、複雑な思いが脳裏を走る。
 相変わらず疲労がとれていないので、だらだらと過ごしていると、送った今年のブドウが届いたという知らせが来はじめた。先輩はたぶん選り抜きの出来の良いブドウを送ってくれたに違いない。感謝感謝。
 ワイフの実家のお義母さんの見守りのために、Wi-Fi接続しリモートで確認できる温度計を発注して届いた。老人は温度に鈍感だし、昔気質(かたぎ)の人は節約のために、なかなかエアコンを使わない。子どもたちが気をつけてあげなければならないのだ。

8月22日(金)「10月の講演予定・・・の風さん」
 猛暑ネタなど誰も読みたくないだろう。しかし、これは自身の日記でもある。備忘録と呼んでもいい。
 では、備忘録として。我が家には各部屋に温度計がある。デジタルのものは数値は当てにしていない。安物だから精度は期待していない。耐久性も。傾向を見ている。次に機械式だ。これらも安物で、期待していることは同じ。1台だけ棒温度計がある。安物には違いないが、精度はずっと信頼できる。どこに設置してあるかは説明が面倒だからやめておいて、今日、確認してみたら、日中で35℃、夜間で30℃あった。明らかに高い。普通はそこまで高くならない場所なのだ。
 10月に一関市博物館で講演をする。博物館では9月13日から、千葉胤秀生誕250年を記念して、特別展「算額の世界」が11月16日まで開催される。その中のイベントの一つである。チラシとポスターが届いたので、知人、友人へお知らせのメールを大量に送信した。
 まだ今日も疲労が完全にはとれていない。


8月23日(土)「機械学会誌にPPT資料作成を学ぶ・・・の風さん」
 日本中どこかで酷暑、豪雨、熊の夏が続いている。
 抱えている仕事は多いが、その中で擬古文書の解読は、少しメドをつけておきたかった。がんばって、今日、DRAFTが出来たので、メールで送り、不足している情報が欲しいと伝えた。ここまでできれば、残りの仕事量はだいたいわかる。ひと安心だ。
 古い雑誌を読むという作業もしている。会社員時代にもらっていた技術会報は、昨年くらいにやっと読み終えている(笑)。私はまだ日本機械学会の会員で、この会誌もかなり積ん読状態になっている。今でも毎月のように送られてくるので、平均して月に1冊以上読む必要がある。今日も、1冊引っ張り出して読んでみた。私の仕事の生産性の低さを指摘しているような記事があった。PPT資料の話だった。ある程度分かっていたことだが、あらためて指摘されて、猛反省した。スライド枚数を少なくすることと、意味不明の記号を多用しないことを注意していた。早速、来月の講演に生かさねばならない。

8月24日(日)「キャメロンが戻った・・・の風さん」
 ワイフは実家へ。Wi-Fi接続の温度計をセットしてくる。うまく動作すれば、安心材料がほんの少し増える。
 やっとカリチューへ修理が終わったキャメロンを引き取りに行ってきた。今年の修理代はこれで終わりにしてほしいなあ。そうでないと、作家の方は廃業同然になる。やばい。代車があまりにもパワーがなかったので、キャメロンの走りは楽しかった。
 帰宅してからHPの更新をした。いくらか元気が戻って来たが、まだまだ。遠からず屋外作業に復帰しなければならないので、まずは屋内の仕事を少しでもやって減らしておかねば。
 それにしても毎日暑い。日中の最高気温は名古屋より3℃低いが、それでも35℃近い。リビングとダイニングは、サラちゃんと亀子ちゃんがいるので、深夜以外はエアコンをつけっぱなしだ。こんなことはかつてなかった。電気料金がもったいないので、私もできるだけ書斎のエアコンは切って階下へ降りるようにしている。

8月25日(月)「認知症テスト・・・の風さん」
 デイリールーチンができる状態に戻って来た。しかし、たまっている雑務が多すぎて、安心してルーチンができない。
 1週間放置していた認知症テスト(J-TRCのサイトで https://www.j-trc.org/ja/welcome )をやった。これは3か月ごとにメールで届く(もう3年くらい継続している)。2月に「アルツハイマー兆候なし」という結論だったが、自主的な経過はこの認知症テストで続けていく。しかし、テスト内容は、今のところ変わらないので、慣れが生じている恐れがある。いつまでも変わらないなら、新しいテストに挑戦する必要があるかもしれない。今のところ、このテストで大きな変化はない。
 たまっている雑務も、こういった楽なものからやっていたら、重たいやつが残ってしまった。やばいなあ。明日から半徹夜態勢をとってでも処理していかないと、また大ピンチになってしまう。

8月26日(火)「コーヒークーポンの愛・・・の風さん」
 はるか昔、大学1年だったころ、尿管結石になり、当時は、あまり治療法がなく、大学病院の医師からは「ビール飲んで縄跳びしてれば、そのうち出る」と笑われていた。どちらも習慣にないので、自分でできる対策はほとんどなく、1年近く苦しんだ(笑)。
 体外へ放出された石は、病院の分析でシュウ酸カルシウムとわかり、ほうれん草の食べ過ぎや牛乳の飲み過ぎが原因ではなく、長年の水分補給不足の生活習慣が原因と思われた。そのころから、利尿効果も期待してコーヒーを愛飲するようになった。母は以前からで、長いコーヒー愛飲家になった。その長い歴史の間、ほぼ同じブランドのレギュラーコーヒーを飲んでいたので、母が亡くなったあと、大量のコーヒークーポンがたまっていた。母ほどでないにしても、我が家も同様で、コーヒークーポンを使ったギフトの申請を毎年おこなうようになった。ピーク時は、ディズニーリゾートのペアチケットを入手して、長女夫婦にあげたこともある。
 昨年、母の十三回忌だった。今年、コーヒークーポン・ギフトのルールに大きな変更が起きた。交換できる商品に必要なポイントが来月から著しくアップするのだ。特にレギュラーコーヒーは、2.4倍近くになる。やばいと思い、カスタマーサービスへ電話して、対応方法のアドバイスを受けた。結論は、今月末までの消印有効のうちにクーポンを送って、必要ポイントがアップする前のレートで交換商品を請求することだった。
 保有しているクーポンのほとんどを台紙に貼りつけた。母の残してくれたクーポンは、これですべてなくなった。親が子に残すものは多種多様だが、こういったものも、とてもありがたいと思う。自分に何ができているか反省しなければならない。しかし、今日は、母への感謝をあらためて抱いた。

8月27日(水)「恵の雷雨・・・の風さん」
 半徹夜で児童書の原稿の修正をしてみた。効率が上がった。やはり私は夜型人間なのだろう。5時前に就寝。今朝だよ。江戸時代の太陰太陽暦では、まだ前日だけど。一般の人はややこしくて分からないだろうなあ。一例をあげよう。赤穂浪士の討ち入りは夜明け前だったので、日にちは前日のままである。
 11時に起床。たくさんのルーチンの一つに血圧測定がある。まともな値だった(笑)。
 歩いて投函に行ってきた。首にはネックファン。最強で風を出しても暑い。異常だ。
 ランチ後はだらだらと過ごした。アレクサ予報によると、雷雨があるという。まさかと思っていたら、だんだん雲が多くなり、夕方ついに雷雨! 久しぶりだ。庭木には恵の雨だった。でも、短時間だった。
 夜になり、だんだん元気が出てきた。さすが夜型人間。シャワーを浴びてから、今朝の続きの原稿修正に取り掛かった。

8月28日(木)「Xへ投稿・・・の風さん」
 半徹夜でがんばって、未明に修正原稿を送ることができた。やはり、これが私のペースか(笑)。
 昼前に起床し、徒歩で投函に行ってきた。まあ散歩だね。
 気になっていた雑務でXへの投稿をした。読書感想文である。トップページにリンクを張ったので、そこから読める。今年読んだ本の中ではずば抜けた秀作だと思った。
 擬古文書の欠けている部分のデータが届いたので、その解読に取り掛かった。だいたい終わったので、全体の見直しの続きをやることにした。できれば今夜中に完成させたい。
 しかし、できなかった。明日は名古屋へ行くので、半徹夜はできない。3時前に断念した。

8月29日(金)「刀剣博物館見学・・・の風さん」
 トーストとバナナのブランチ後、キャメロンで出発。途中駅の近くのPに着いたが時間がなくて駅まで走った(笑)。
 ホームに駆け込むと同時に予定していた電車が来た。
 電車と地下鉄を乗り継いで、矢場町駅で下車し、4番出口から外へ。やや曇りがちで、猛暑は耐えられないほどではない。
 政秀寺(家康が自分の素行不良のために諌死した家臣の菩提をとむらうために建立した寺)、名古屋総鎮守の若宮八幡社を過ぎてまもなく刀剣博物館に着いた。先日、知人から教えられた小栗上野介忠順の愛刀を見るのが目的だった。時代ごとの日本刀の変遷や刀剣製作のビデオ鑑賞(工程はむかし、秋田大学の鉱山博物館で見たことはある)をしたあと、目的の刀剣を見ることができた。山浦環(たまき)正行の銘がある。のちの源清麿(きよまろ)の方が有名だが、確かに実用的な印象を与える刀剣だった。小栗は、兵学者窪田清音(すがね)の屋敷で清麿の刀鍛冶現場を見たはずで、日本の象徴とも言うべき鉄づくりの知識をそこで得ていたことになる。重要な情報を得ることができた。
 その後、歩いて通院している病院へ行き、晩ご飯前に帰宅したが、久しぶりの活動で、疲労困憊してしまった。


8月30日(土)「大曲の花火・・・の風さん」
 今日の予想最高気温は、名古屋が39℃で、50km南に位置する当地は36℃。名古屋へ行った昨日は今日ほどじゃなかったからラッキーだった。しかし、もう異常気象などと言っていられる場合ではない。政府は何をしている? 何もしていないように思える。国民が苦しんでいるのに。これは地震や豪雨と同じだ。時間軸が長いだけに、ボデーブローのように効いてくるはずだ。あらゆる面に。
 ランチ前に徒歩で投函に行った。アッ! 投函した郵便物の収集時刻が変更になっていた。日曜日と同じ9時半だ。貨物自動車を使えなくなった郵便局はどうしているのだろう。その影響だろうか。往復千歩の散歩を兼ねた投函で、帰りはコースを少し変える。メインの通りに沿った道を歩く。アッ! クルマに轢かれた猫の死骸が。毛並みがきれいで、栄養も良さそうだから、飼い猫だろう。知っていれば飼い主に知らせたいけれど。そもそも外で飼っちゃいけないよなあ、危険がいっぱいなのに。
 昨日の博物館鑑賞をFBにアップした。やっとプロフィールにあるHPのリンクを更新した。X(旧ツイッター)も。
 エージェントと児童書の原稿の修正について電話で話した。アイデアがいくつか出てきた。これで出版社の社長の期待に応えられるかも。しかし、その前に、やっておくことがいくつかある。
 深夜作業の前に、BS4Kで大曲の花火を見た。きれいな画面でも、やはり現地での臨場感には及ばない。下腹に響いてくる破裂音はたまらない。安心して聴ける、火薬の炸裂音で、屁理屈だろうが、平和を感じる時だ。あそこに自分は子ども時代を5年間過ごした。今の自分に5年間はあっという間だが、子ども時代の4年間は長い。
 今夜も半徹夜覚悟で、擬古文書の解読に取り組んだ。何とか終えたかった。しかし、午前5時で中断。力不足だ。
(左の水槽には亀子ちゃん。右の膝の上はサラちゃん)

8月31日(日)「擬古文書の解読が終了・・・の風さん」
 何とか昼前に起床。鍋焼きうどんを食べた。1階は涼しくなるようにさまざま工夫をしているので、冬の料理でも大丈夫。でも、電気代が史上最高に達しそうだ(冬の暖房費よりはマシかも)。
 私でも、と言うか、経済状況をすなおに受け入れて、ポイ活もしている。デイリーの抽選は簡単なので必ずやる(笑)。今月、honto で100ポイントが当たったので、使うことにした。千円を超えない電子書籍を物色し、クーポンも使って「くずし字」の入門書を購入した。今から30年以上前に、古文書入門講座を3か月受講したことがある。解読の難しさを初めて知った。
 昨日の続きで、擬古文書の解読に取り組んだ。今回のチャレンジで貴重な体験ができたが、くずし字の難しさをあらためて知った。勉強になったことはいくつかあるが、明治時代の一般人の文章の場合(江戸時代でもあり得ることだろうが)、当て字がけっこう多いことだ。文脈から推定した文字と違っていると、混乱してしまい、それが解読のネックにもなっていた。
 100%解読は無理だったが、何とか今回のミッションに自分なりに決着をつけることができたので、依頼先へ報告をした。 


2025年9月はここ

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